Imagine all the people

僕の命が明日尽きたとしたら、悲しんでくれるのは家族や数少ない友達だけだと思うし、そう信じられるのはわりと幸せな事だと思う。それはそれとして、仕事をしている身としては関係する人たちに深刻な迷惑をかけてしまうから、とりあえずは全力で生きなければいけないのは、まあ当たり前の話。

さて、地球の命はあと5、60億年らしい。それまでの長い間にヒトはどうなっていくのだろう。星の命が尽きる前にとっくに絶滅してしまうのかもしれない。テラフォーミングみたいなことがが実現して、地球などさっさと見捨てて新天地に向かうのかもしれない。

僕には子供がいないから、種としての使命は果たせていない。それでもヒトとしてやれることがあるんじゃないだろうかなどと妄想する。使命というと大げさになるけども、もし僕が存在する意義があったとしたならば、それは「つなぐ事」なんじゃないかなと想っている。

おそらくは自身の半生を過ぎる長い時を過ごしてきて、ことさらに感じるのは自分がいかに陳腐な存在かということ。たとえば雑草魂なんて言えるのはとんでもなくすごいことだ。本当はプランクトンと同じ、ただそれよりもちょっとだけ複雑な生命体であるだけなのに。

同時に、だからこそ、なぜ自分は生まれ、ここにいるんだろうと考えてしまう。考えることに意味がないみたいなことはとっくの昔に通り過ぎていまっているのに。

そんなこんなの末にたどり着くのはいつも、ヒトはプレミアムな存在だということ。宇宙や星の尺度からしたら一瞬のゴミのような時間を、まるで恒久の時のように過ごすことができる。考えることができる。

ひょっとしたらプランクトンも僕らの知らない次元でそういう時を過ごしているのかもしれないけど、同じヒトを殺したり、自ら命を絶ったり、摂理に反して生きながらえようと抗ったり、そういう理解の範囲ではヒトはやはりプレミアムっぽい気がする。

というわけで、僕はプレミアムな生命体として、自分で考え、判断し、この先の余生を生きていかなければならないと強く想う。残された選択肢も時間も、あまり猶予がないように感じている。明日死ぬとかじゃなくて、ユニバーサルな時間軸の話として。ヒトがヒトであるために。

こういうことを毎日考えているから友達が少ないんだな。数少ない友達や家族は命と同等に大切にするべきだ。んで、もしも多くの人が大切な何かの遠い未来を考えれば考えるほど、目の前にあるちょっと先の未来は良くなっていくはずだ。考えるとは、未だみぬ未来にイメージを描くこと、想いを馳せること。

感じるだけじゃダメだ、考えろ。だと思う。李小龍には悪いけど。

付け加えると、想像しようよ!というお題目と違って、本当に僕が一番大事だと思っているのは想像の末に「決めること」なんだけども。

ビデオゲームの未来、TOYBOXの未来

そういうことにどうしようもなく耐えられなくなってTOYBOXを創ったはずなんだけども、あいも変わらず言いたいことがすぐには言えないし、やるべきことに対してまっすぐに突き進むことができていない今日このごろ。

原因はシンプルで、自分がトランプ氏のやっていることをいくらどうこういっても、彼が普通にできること、つまり彼自身が好きにやってるってことを、自分はまったくもってやりきれていない現実がある。力が足りない。それだけだった。人に文句言ってる場合でもないし、もちろん立場でもない。

今現在僕が僕の思うゲーム作りや、それにまつわる世の中との付き合い方に、理想とは少しだけ違ってもいくらか近づけているのは、理解や賛同や協力、むしろ利用でもいい。そんな有志の方々の力添えのおかげでしかなく、もうひとえに感謝の気持ちしかない。まだ死にたくないとほざいていた僕は、もし一人だったとしたら確実に死んでいたはずだと思う。

同時にものすごく不甲斐なくも思う。つまりは、それが器なんだとも思う。

正解はわからないけど、とにかくうじうじするのは性分で仕方ないとしても、何かができる現状に心から感謝して、思いのまま障害と立ち向かい、全力で今できることを順にやっていく。

なんだか、ごくごく当たり前の話にしかならないけど、そうするしかないんだという結論。いつもここに向かっている気がする。いい加減気づけよと思うけど、また繰り返して、また気づいて、またやっていくしかないんだろうな。

どれだけ繰り返して来たかわからないけど「これしかできない」ということには、まあようやく気付き始めているのかな。

僕の想い。ビデオゲームが大好きで、感謝していて、恩返しがしたい。だからTOYBOXを創った。極端にいうとそれは、自分勝手な私欲のためのものだったんだけど、今は少しだけこの形を後に遺すことを考え始めている。

歳を重ねるとだんだん自分のことがどうでもよくなってくる。
世のため人のためという戯言が、仮に他人からは偽善に見えるとしても、実のところ自分自身の欲求に変わっていく。
私と公が結びつきフェアになることが、人が作る人のためのワールドなんだという想いがあふれてくる。

まあいいや、手ごたえは確かにあるんだ。遠くにある旗を掴みに、前に進もう!!!

Make every one who loves video game happy

作ったゲームを世の中にお披露目するということ。このことは時代ともに大きく変わって来たと思う。

良くも悪くもゲームを取り巻く時代の趨勢は家庭用のゲーム機ではなく、スマホやタブレットのアプリを中心に動いている。

中でもフリーミアムの発想の元に作られたFree to playのゲームと今まで僕らが作って来た一つの完結したコンテンツとしてのゲームでは、その作り方も、お披露目の仕方も大きく変わってしまった。

何がいいとか悪いとか、そんなことにはあまり意味がないと思う。ただ、僕が主戦場としている家庭用ゲームの世界では意識の変革が必要とされているように思う。

端的に、FTPのゲームはどちらかというと、コンテンツよりも継続的なサービスが重視される。(もちろんコンテンツの質が一定以上をクリアしているのは前提として)一方で、家庭用やダウンロード課金型のゲームは遊ぶ前にお金を払ってもらえるだけの魅力や品質、また払ったお金に対する満足感が求められる。

僕らはそのために努力をして来たし、成功や失敗をたくさん経験した。だからこそ、自負と誇りを持ってお金を払ってもらえるだけのゲーム作りを目指してきた。

でも、それだけではダメなんだ。時代は常に移り変わっている。エンタテイメントとは多くの人を楽しませることであり、そのためには時代と向き合うことが不可欠だ。こんなんできました。僕は面白いと思うけど、どう?では相手にされないんだね。

世の中と対話をしながらコンテンツをアップデートさせていく。それはFTPのものとは少し違うんだけど、だからといって目を瞑ってはいけない。耳を傾けなければいけない。もちろんできること、できないことはある。でもまずは声を聞いて、それにたいしてアクションを起こす。いっしょに面白がって、一緒に育てていく感覚。

僕は楽しいことがしたい。みんなに楽しんでもらいたい。僕一人の力でそれができなければみんなと一緒にそれを作り上げていきたい。そして楽しい時間を過ごし、ハッピーになりたい。

対話をしながらコンテンツを磨きあげる新たな時代を迎えたんだね。

オーケー!僕も力の限りがんばります。

罪と罰

ゲームにとって一番大事なこと。
それは純粋に面白いか否か、これに尽きます。

ただ、ビジネスとしてゲームを作る場合は、結果として成功すること。
これが伴わないと誰も幸せになれません。

ビジネスの失敗は罪なのです。
罪が重なるとゲーム作りを続けられないという罰を受けます。

好き勝手に面白さを追求しながら結果を残し、関わった人を幸せにすること。
とても難しいことだけども、それこそがTOYBOXを作った意義であり、やりとげるのが使命だと信じています。

ここからが勝負だ。

ちゃんちゃらおかしい

ひとつだけ。
過去に何度も繰り返して来たという自覚はあったのだけど
さらっと振り返っただけでも、ひどいわー。ひどすぎる。
これはもうちゃんとやろうと言えないとか書いてる場合じゃなくて
ちゃんとやります宣言をしないと、友達が誰もいなくなる。
友達が多い僕ではないけど、だからこそ友達がいなくなったら終わる。
ちょっとちゃんとします。反省します。
もう少しだけお付き合いください。そう思いました。
これ会社のブログとしてどうなのよ、unOfficialなのでギリギリなのです。

Updating in silence

確認したところ前回のアップは2015年6月25日だそうです。

他人事のようですが、びっくりしました。仕事しろよ!と。
普通の会社だったらクビになってるレベルですね。
なので、誰にも気づかれないようにひっそりとこっそりと更新するしかありません。
特に相棒の金沢には気づかれたくありません。間違いなくどつかれるので(笑

過去に何度も繰り返して来たことなので、これから心を入れ替えてちゃんとやります!
みたいなことはもうさすがに言えませんが、気の向くままにひっそりとやろうと思います。

最新作であるBirthdays the Beginningの発売を迎えるにあたり、
自分なりに積極的にSNSと向き合っていたら、
伝えたいことが溢れてきてしまい、とはいえTwitterやFacebookで垂れ流すのも
どうかとグズグズしてる中、ブログのことを思い出した次第です。

気持ちが前に進んだり、止まっていたりするので、
まずは書いてみようというのが今日。
次回から中身のあることを書いてみたいと思います。

まずはここから。

あくなき欲望

E3に行ってまいりました。
気の利いた写真などはありません。ごめんなさい。

今までのパターンだと更新しない感じなんですが、そこは前回悔い改めたばかり。とにもかくにもまずは思ったことを書いてみようという次第であります。

まず、一番強く思ったのは、あれ?コンソールゲーム大丈夫じゃない?みたいなことでした。これはすこぶる主観的な話なので合っているかはわかりませんが、日本にいて感じる、ああ、家庭用のゲームも成熟期を過ぎてだんだん下火になっていくのかなぁ、、、なんていう若干悲観を含んんだ侘び寂び的感覚を、いとも簡単に蹴飛ばしてくれたのです。とにかく盛況。リアルに活気がある。世界は広いとあらためて感じました。

じゃあそれでオッケーなのかっていうと、そうでもない感じ。時間の関係で小さなところまでくまなくチェックできたわけではないという言い訳を前提にさせていただくと、どうしてもオラオラ系が目立っていました。

それ自体が悪いわけではもちろんありません。僕なんかにはとても真似できないような技術とアイデアの粋が集まっていて、とにかくものすごく激しくて豊か。正直に感動できます。

気になるのは同じベクトルのものが多いことですかね。僕自身の感性が足りていないのかもしれませんが、すごいと思うけど面白いと感じないというか。「やばいなこれ、すごいな」と思うことはいっぱいあっても「何これ!一刻も早く遊びたい!」ということが少なく感じました。

絶対やる!と思ったのはtwitterでも呟いたトリコと、これはもうしょうがないSWBFぐらいでした。ひょっとしたら、今までさんざんゲームをやりつくしてしまったから感覚が鈍くなってしまったのかもしれない。最初はそう思ったのですが、あらためて思い返すとやっぱ違うなと感じています。

たぶん刺激が欲しいんですよね。今までに出会ったことのないような体験に興奮を感じる。それは派手なものでも地味なものでもいい。見たことのないものを見たいんです。本当に欲深いと思いました。少しだけ恥ずかしいけども。

でも、そこは貪欲でもいいんじゃないかな。スプラトゥーンが予想以上に売れていて、喜ばれているというのを耳にしました。僕はまだ遊んでいないんだけど、みんな新しいものを求めているんじゃない!?ってイメージすることができて、嬉しかったし、なんだか元気が出てきました。

世の中の現状はなかなか厳しいです。あれだけイノベイティブかつクリエイティブな巨人でさえなかなかできないことなんだと思います。

だからこそ、僕らみたいな端っこにいる小人がなんかやんなきゃと思うのです。きっとそれを面白く感じる人がいるはずだし、それを続けることができればビデオゲームの価値が伝承されていくと信じています。

そんなあくなき欲望をもって、これからも軽く無謀な挑戦を続けていきたい。

そう思ったE3でした。

愚か者であります

ずいぶん長いあいだ、放置してしまいました。

最近、Twitterを再開して、いろいろ思うところがあった末に
このブログのことを思い出しました。まあ、その時点でダメ。

心の奥底ではずっとずっと気になっていたのに、
そこから逃げていたのだと思います。
日付を見ると最後の更新は2013年になっているので驚きました。
いや、ほんとに恥ずかしい、、、

更新していない間も自分なりに仕事はきちんとしているつもりで過ごしてきたけど
これではダメだなと思いました。

自分たちの会社の公式ブログを放置というのはやる気がないようにしか見えない。
いや、違うんですよ。やる気はあるし、実際やっているつもりではある。
だったらきちんと目に見えるようにしろよ!!!という話だなと感じております。

だからといって、今やってることをホイホイ書けるとは限らず、
なかなか難しいなというのも本音なのですが、
その結果、こうやって長いあいだ自分の会社のブログを放置して思うのは
もうそういう言い訳は止めにしようということでした。

そういうわけで、まずはお詫びを申し上げます。ごめんなさい。
いや知らねーから!ってことだとは思いますが、ケジメであります。

冒頭にも書きましたが、Twitterを再開しました。
どこまでできるかわからないけど、あまり人がやっていないことを
やってみようと企んでいます。好きなことをやってみたいという想いで
会社を作ったし、幸いにも近しい理解者の方を中心に
環境に恵まれている気がするので、どうなるかわからないけども
やれるだけやってみようと思っています。

あらためて、よろしくお願い申し上げます。

思いのたけ、その一部を。

アンオフィシャルとはいえ、ずいぶん放置していますよね。
怠慢です。ごめんなさい。

言い訳をすると、ここ最近はtwitterで伝えたいことを書いていました。文字数の制限があるから書ききれないんだけど、ここでグダグダと書いてしまうよりかはかえってソリッドにシンプルなって、その方が伝わるかもなどと考え、続けています。

その上で今思っていること。当たり前のことだけど、ゲームは遊んだ人の感覚が全て。そういうことを強く感じています。もっとちゃんというと、ゲームだけじゃないかな。僕自身、近しい人はよく分かると思うんだけど、馬鹿野郎なので衝動的であるんですが、本当に遊んだ人によかったなぁって思ってもらいたいです。

ホムストは、深く付き合ってもらえたとしたら、何かしら感じてもらえるものであるという自信は間違いなくあります。でもそれって何なの?みたいな。

もっともっと、ちゃんと付き合ってもらえるようにしないといけないなぁと思うんです。多くの人にとって、暇つぶしの存在であろうゲームをそこから少しでも持ち上げたい。遊んでよかったなぁと思ってもらいたいし、みんなにオススメ!みたいにならなくてもいいから、お前だけにはススメたい!というものを作りたい。これが僕自身の思い。でもそのためには、まず遊んでもらえるようにしないといけない。

長い間ゲームを作って来たので、一応分かっているつもりではいたんだけど、遊んでいただいたいろいろな方の声を聞くにつれ、結果として足りていないなぁと実感している次第であります。

いろんなところで言っていますが、ゲーム作りはもともと制限との戦いです。今回もいろいろな制限の中で、表に出ていただいている人たちはもちろん、現場の関わった人たちはその制限の中で最高の成果を示してくれました。だから出来上がったものには、光るところがありますし、繰り返しになっちゃうけど長くお付き合いいただいた方には何かしらが伝わるという確信があります。

同時に、遊ぶ人には制限なんか関係ありません。だからこそ、できるだけ長く付き合っていただけるようにお膳立てをするべき。プロとして。そういうところが、ものすごい反省点です。悔しいなぁ。

そんな中、僕が今やらなくてはいけないと思っていること。一つはホムストに魅力を感じていただいた人に、やっぱり遊んでよかったと思っていただけるような何かを提供すること。もう一つは、実際に遊んでみて何だよ、違うなと感じた人に、もっともっと遊んでもらえるような何かを提供することです。

今すぐにここには書けませんが、いろいろ考えて実現への道を模索しています。それが出来たときはじめて、いいでしょ?もっともっとみんなに遊んでほしい!!!って、言えるのだと思っているところです。

ゲームを作って知らない人に遊んでいただくことは、すごく難しい。だからへこむことも多いけど、やっぱりすごく楽しいです。いろんな人がいろんなことを感じてくれているのが直に分かって、生きている、生かされている実感があります。幸せです。

がんばるぞーーー!!!

近況など

ものすごくサボっていました。
申し訳ありません。

言い訳をすると、ずーーーっとテンパっておりました。
ゲームを作るのはもちろん大変なんだけど、ゲームを発売するという事はものすごく大変なんだという事を感じた次第です。

同時に今まで何百本というソフトを発売する機会を過ごして来て、その中でどれだけ多くの人がいろんな思いで携わっていたんだろうみたいな思いを巡らせました。あらためて人に活かされて来たんだなぁっていうことを痛感したりして。

まだまだやる事は残っているのですが、ブログを放置しているのが気にかかるぐらいは落ち着いて来たという事だと思います。

で、このブログ。
正直なところ、「どうすんべ?」という感じなのですが、思いつきました。今まさにやってることは書けないけど、発表済みのことの中で書けることはあるっぽい。普通のメディアでは伝えきれないことの中で、純粋にゲームのことであれば、他の人に迷惑をかけなくて済む。

ということなので、次回はGames.com完結編を書いて(これは時間が空いちゃったので適当になってしまうと思われますが)、ゲームのことを書いていこうと思います。

こんなに久々なのに、単なる予告編でした(笑