見返り不美人

なんというか、策略みたいなものを持っていた自分がちょっと嫌になった。

そもそもSNSに対して力強く動けていたわけでは無いから、のほほんとした感覚ではあるのだけど、Twitterにはなるべく公的なことを書いて、猫のこととか些細で私的なことはFacebookに書こうみたいな区別をしていたのが最近であり。

あらためて感じるのは、それはすごく稚拙でみっともないコンセプトだということ。

いや、まああると思うんですよ。パブリックなイメージをきちんとコントロールして、なるべくよく思ってもらって、そのことを積み上げればマイナーがメジャーに繋がる可能性が広がるみたいな。むしろ、それこそが長期的な戦略なんだという。

それはそれで正しいと思う。
しかしながら、僕が心の底から本当にそれをやりたいの?って問うたとしたら、答えは多分No。ほんとにめんどくさい話なんだけど、僕が望んでいるのは、適当にいいね!っていうことではなく、こころからいいね!なんだな。

言葉として記すのであれば、ムーブメントを作りたいのではなく、共感の底上げをしたい。という感じ。

そのためにまずやるべきことは、きちんとわかってもらうことだと思う。
結果嫌われたり好かれたりあると思うし、嫌われることは目標に対してマイナスに働くのだと思うけど、マイナスを排除するために取り繕うことは、最終的にはマイナスに働くのだと思う。

嘘はダメだ。好きになれないし、とにかくかっこ悪い。

僕は、プロデューサーは一流の詐欺師たるべきだ。と思っている。騙してでも結果みんなを幸せにするのが、エンタテイメントの正義だと。

ある意味、今でもそこに真理はあると思っているのだけど、どうやら自分にはその真理を全うできる力量がないという感覚も芽生えて来ていたりして。

今この瞬間は、自分なりの共感を生むためには、自分が裸になって、正直に付き合って(仕事の中ではそれを貫いて来たつもりではあるけども)それでもいいね!って言ってくれる人を、少しずつ幸せにして、その先にそういう人を増やして、もっともっとハッピーなエンタテイメントを形作るみたいな。

それが自分の道なのかなという。
なんとかかんとか仕事はやれてるけど、その歩みをもっと広げないと。仲間は世界中にいるはずだ。
そんな戯言を書きたい気分の今なのでした。