ビデオゲームの未来、TOYBOXの未来

そういうことにどうしようもなく耐えられなくなってTOYBOXを創ったはずなんだけども、あいも変わらず言いたいことがすぐには言えないし、やるべきことに対してまっすぐに突き進むことができていない今日このごろ。

原因はシンプルで、自分がトランプ氏のやっていることをいくらどうこういっても、彼が普通にできること、つまり彼自身が好きにやってるってことを、自分はまったくもってやりきれていない現実がある。力が足りない。それだけだった。人に文句言ってる場合でもないし、もちろん立場でもない。

今現在僕が僕の思うゲーム作りや、それにまつわる世の中との付き合い方に、理想とは少しだけ違ってもいくらか近づけているのは、理解や賛同や協力、むしろ利用でもいい。そんな有志の方々の力添えのおかげでしかなく、もうひとえに感謝の気持ちしかない。まだ死にたくないとほざいていた僕は、もし一人だったとしたら確実に死んでいたはずだと思う。

同時にものすごく不甲斐なくも思う。つまりは、それが器なんだとも思う。

正解はわからないけど、とにかくうじうじするのは性分で仕方ないとしても、何かができる現状に心から感謝して、思いのまま障害と立ち向かい、全力で今できることを順にやっていく。

なんだか、ごくごく当たり前の話にしかならないけど、そうするしかないんだという結論。いつもここに向かっている気がする。いい加減気づけよと思うけど、また繰り返して、また気づいて、またやっていくしかないんだろうな。

どれだけ繰り返して来たかわからないけど「これしかできない」ということには、まあようやく気付き始めているのかな。

僕の想い。ビデオゲームが大好きで、感謝していて、恩返しがしたい。だからTOYBOXを創った。極端にいうとそれは、自分勝手な私欲のためのものだったんだけど、今は少しだけこの形を後に遺すことを考え始めている。

歳を重ねるとだんだん自分のことがどうでもよくなってくる。
世のため人のためという戯言が、仮に他人からは偽善に見えるとしても、実のところ自分自身の欲求に変わっていく。
私と公が結びつきフェアになることが、人が作る人のためのワールドなんだという想いがあふれてくる。

まあいいや、手ごたえは確かにあるんだ。遠くにある旗を掴みに、前に進もう!!!